あの世はあるのか、幽霊はいるのか、霊魂は?

宗教に凝っている人は両者とも肯定するだろうが、実際にはどうなのだろうか。あの世があるとすると、行った人たちは誰一人として戻ってきていないので、とても住みやすいところなのだろう。

私には霊感というものは全くない。大方の人たちはそうだろう。なまじ、そんなものがあると恐ろしくて夜道は歩けないので、なくて良かったと思っている。でも、あの世はあって欲しい。死んだ後に何もないというのが真理であれば、死ぬことは何と怖いことになるだろうか。死んでもあちらの世界で生きていると思うことの方が何か夢があって良い。

あの世や幽霊がいると言う人は

①宗教の勧誘の人
②統合失調症を患っている人
③虚言壁のある人
④本当に感じる人
の4パターンがあると思っている。もちろん、④の本当に感じる人というのは、あくまでも本当にあの世があると仮定しての話だが。

作家の遠藤周作先生は、幽霊がいるのかどうか興味があり、様々な「出る」という噂の場所を訪ね歩いたらしい。しかし、一度も霊には遭遇したことがないという。先生は①~③の人にしか遭わなかったのであろう。

霊には重さがあり、死んだ人はその瞬間に数グラム体重が減るという。本当だろうか。

テレビで良くやっている霊が出たという話、霊能者は「感じる」とは言っているが本当に感じているのか。心霊写真が偽造でないとなぜ言えるのか。出たその瞬間の映像はなぜその瞬間しか放送しないのか。テレビで見るのは信じがたいものばかりだ。

私は、結局は、巷の話の全部が①~③ではないか、つまり、そう思っているだけの話ではないかと思っている。いや、思っていた。思っていたというのは、実際に私の周りで変なことが続けて起こったからである。

先ずは、私の話。単に幽霊を見た人がいたというだけの話なのだが、以前、福祉関係の仕事をしていたときに、そのクライアントが引っ越しをしたいと言ってきた。聞くと、出るからという。半信半疑で聞き流していたが、今から思うとその詳細を聞いておけば良かったと思っている。

次に、私の父が亡くなった日のこと、チャイムのなる音を聞いたので玄関に出てみたが誰もいない。誰かのいたずらかと思ったが、そう言えばチャイムの音が違うと思った。方向性がなかった。まるで頭の中で鳴ったような感じである。勘違いと言ってしまえばそれまでなのだが、確かに頭の中で聞いたのだ。父は不遇な人だったので、亡くなってから「もう全てが終わった」ということを告げに来たのかと思った。

極めつけは、義父が亡くなって3か月ほど経ったときのことである。義兄は「父が来ている、ほらそこに」と言って、携帯電話で写真を撮った。その写真には、一部だけ光が映り込んでいた。それから数日後に義兄は事故で亡くなった。義父が、義兄の事故の危険を注意しに来たように感じた。義兄はもちろん、精神を患ってはいないし、嘘を付くような人ではない。

こうしたことがあって、今では、あの世も幽霊も信じている。信じないのは手垢にまみれた宗教だけである。

 


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