親は子供のSOSを察知して、いじめがあるなら学校に行かせない勇気を持ってほしい

仙台市泉区で昨年11月、寺岡小2年の長女(8)のいじめを苦に母親が長女と無理心中したとみられる事件が発生した。

両親は学校や市教委以外など少なくとも4機関にいじめを相談していたが、複数の窓口で現状を訴えても事態の打開につながらず、母子は精神的に追い詰められたとみられる。

いじめで命を無くす子供が後を絶たないなか、今回の事件は、なんとも悲惨でやりきれない。

子供は残酷だ

昔から確かにいじめはあった。子供たちの仲間に入れない子供はいた。正直、私がそうだった。

私は大人しく目立たない子供だったので、友達はいなかった。無視されていた。そうしたなか、私の通っていた小学校では、担任は、グループを作らせて授業を行うことが多かった。今でも記憶に残るのは、そうしたときに必ず「好きな者同士で集まって」と言っていた。私は相手がいなかった。このときの寂しさ、所在のなさといったらなかった。担任の無神経を恨んだ。

何かとノロマな女子は女の子の中に入れずに、浮いていた。クラス中で無視をしていた。

子供は本当に残酷だ。強いもの、目立つ者、頭の良い者には集まり、そうでない者は、そうである者に寄り添う。寄り添うことができない者は浮いて無視されるか、他の者の標的になる。

いじめのある学校なんか通学に値しない

そんな集団を私は否定する。所属するに値しない集団だ。

会社は自分で選べるが義務教育は自分では選べない。選べないのに行かなくてはならない。そんなのはおかしくないか。

私は、いじめのあるときには、学校に行ってはいけないと思っている。勉強や学校なんて命に比べれば小さな、小さなものだ。

親も、子供がいじめられていると思うなら、絶対に学校に行かせてはならない。将来が心配だから行かせるとか、怠け者にしたくないから行かせるなどとはしてはいけない。

ただ、残念なことは、(今回の事件は別だが)子供は自分がいじめられているということを親に話したがらない。親に心配かけまいとするらしい。だから、親は察知してほしい。子供の普段と違う様子がないかを良く見てほしい。そのためにも日ごろからの会話は必要だ。

私も親には一切言わなかった。私の場合は心配をかけたくないのではなくて、学校に行きたくないなどというならば、烈火のごとく怒るのが常だったから、恐ろしくて言えなった。

だから、良く今でもまともに生きていれると不思議に思うときもある。

親は、子供が発するSOSは聞き逃してはいけない。怠け者になるとしたらなっても良いのではないか。だから、いじめられているときには学校には絶対に行かせてはならない。

小中学校なんか行かなくても立派な大人にはなれる

将来が心配と思うだろうが、そんなことはない。小中学校の遅れなどはいつでも取り戻せる。

世の中は学歴社会と言われるが、義務教育は全く関係ないという事実に目を向けてほしい。

実は、大事なのは最終学歴である。人は最終学歴で評価されるのだ。極端なことを言ってしまうと、小中学校でひきこもりになっていても、東大、京大を出ていればそんなの関係ないのだ。

あなたの子供が小中学校でいじめられているなら、そんな学校に行く必要などはない。家であなたが教えれば良いだけだ。小中学校の内容ぐらいなら教えることができるだろう。

心がやさしい子供にとっては、義務教育は「必要悪」であるという認識を持つべきだ。


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