仕事は協力してはいけない、協力という名の責任のなすりあいになる

裏切り

仕事を協力してやりました、といえば聞こえが良い。お互いがお互いを認めて仲良く一緒にやってその結果が出たということだからだ。とても美しいがそれは綺麗ごとに過ぎないのではないか。

本当にうまく行っていたのか。「協力してやっていこうね」「そうだね」と言って上手く行くはずがない。

協力しなくてはできないということは、その仕事量はひとりではできないからだ。だから、複数の人間に振ることになる。

でも考えて欲しい。人間の力量には個人差がある。仕事の効率性、進め方はバラバラだ。

同じ仕事を複数の人間に割り振ったらどうなるか。

仕事ができない人間の仕事量が減って、仕事ができる方だけが割を食ってしまうのだ。

結果を出さないとならないのが仕事なのだから、仕事ができない人にはそれなりの仕事しか任しておくことができない。その結果、仕事は仕事ができる人に集中する。

あなたが仕事ができない人間なら、仕事ができる人が処理する仕事量が増えてしまうことをどう考えるか。仕事は自分がするものだ。他人の協力なんかをあてにしてはいけない。協力してもらわなくてはできないのなら、自分は能力がないと思わなくてはならない。

あなたが仕事ができる人なら、協力すると言うのは、自分に仕事が押し付けられることと認識しなくてはならない。協力というのは仕事ができる方が一方的に犠牲になることだからだ。

仕事ができる人が不平に思うと今度はどうなるか。責任のなすりあいになる。

仕事ができない人「なんで、やってくれないのか、協力すると言ったじゃないか」
仕事ができる人「なんで、こんなことまで押し付けるのか、きちんと協力すれ」

どっちも正しい。間違っているのは協力して進めるという仕事の割り振り方だ。

だから、同じ仕事を複数の人間に振ってはいけない。仕事を振るならその量を振った人間それぞれに同じだけ割り振らなければならないのだ。あなたが仕事を振る側の人なら心するべきだ。

綺麗ごとは言っていられない。

人間関係を良くしようとするなら協力して仕事はしない方が良い。

自分が犠牲になりたいとか、恩を売りたいというなら別だが。

 

 


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